脱・論語読みの論語知らず
教員 宮崎です。
朝晩が涼しくなってきました。
9月に入ると1・2年生は定期テストが始まります。
それが終わると後期授業が始まるので、忙しさは一気に増します。
私の講義では幾つかの資料を配布して、それを基に話を進めます。
ですので、事前に講義の流れに沿った資料を作成します。
作成には多くの文献を参考にしますが、それらを読む中で分かり易い文章と分かりにくい文章があることに気付きます。
これは、医学書に限ったことではなく、関わりの薄い分野や、構成が難しい文章を読むときも同様です。
どうも、既知を読むことと、未知を読むことの違いのようです。
知っていることが書かれた文章なら、ある程度難しい文章でも、スーッと頭の中に入ってきます。
しかし、知らないことが書かれた文章や構成が複雑に組まれた文章を読んでいると、ことばがつながらず、文章をイメージすることができません。(意味がよくわからないまま読めた気になっていることもありますが…)
ことばや文章がバラバラになり、まるで脈絡のないものが並んでいるかのように感じます。
しかし、解らないままでは困るので何度も何度も読み返し、関連する文章も読み漁ります。
それでもなかなか理解できません。
諦めず読み続けていると、ある時、その文章が自分の中に入るようになります。
それまで繋がりのなかった、ことばとそれがあらわす物事との関係が理解できるようになります。
皆さんが教科書や資料を読むときも同じではないでしょうか。
今は理解に苦しむ文章が多いでしょう。(もちろん、一読で内容が理解できる方もいるとは思いますが…)
しかし、手垢で黒ずみ、ページも擦り切れ、ボロボロになるまで読み続けるときっと理解できるようになります。
繰り返し未知を読み続けることが既知へ繋がる道なのではないでしょうか。
…とは言ったものの、読みにくい悪文があることも事実です。
良い文章で資料が作れるように努力したいと思います。
